幼春 第六章「経過」



僕達は四回生だった。夏にN子は京都の教員採用試験に失敗していた。そして僕は大学院に合格していた。僕の中で彼女は相変らず大きな位置を占めていた。こんな騒ぎを起こしながら、僕は依然としてに二カ月に一度くらいは彼女に電話をかけ、何度か会っていた。彼女は二人で会うことを拒んでいるようにも思えたので、例のKと三人で京都にドガ展を見に行ったりもしていた。かと思えば二人で大阪に藤田嗣司を見に行ったりもした。彼女はそういう僕の気持ちを知ってか知らずか、いつも結果として拒みはしなかった。いつも二つ返事ででかけてきた。僕は同じ態度だった。彼女も。
僕たちはそれぞれに卒業研究に励み卒論を書き上げた。僕の大学の研究室に彼女を連れていき、当時めずらしかった両面コピー機で彼女の卒論をコピーしてあげたりもした。彼女は正式な教員にはなれないが、非常勤講師としてどこかの小学校に赴任するようだ。僕はあと二年学生をやることになった。
二月十四日に、お水取りのクライマックスである二月堂のお松明を、N子を誘って、大学の研究室の先輩や同期と一緒に見に行った。そのときは、みんな女性と一緒だった。二十年以上も奈良県に住みながら、僕は生まれて初めてそのときにお松明を見たのだった。とても大変な人出で、順番に整理員に従って、勇壮な火の祭りを見た。普段のN子が、そのような場に現れるのは希有なことであるが、ぜひにと誘ってきてもらったのだ。しかし、彼女は、先輩達に会うや否や、「I君の高校時代の同級生で友達です。」と自己紹介したのだ。あくまでも『友達』を強調したのだ。やはり間違いなくいつものN子だったし、来たことをあとで多分後悔していたのは間違いないであろう。

一九七七年の三月二十九日に高校の後輩達の演奏会があった。僕は卒論を仕上げ、発表会もなんとかパスし、解放感に満たされていた。演奏会には何人かの同期の連中が来ていた。みんな学生最後の休日を楽しみにきていたようだ。演奏会のあと、僕とTとそしてN子で昼食を食べた。食事のあと、僕は弟から借りた赤に塗り替えたコロナのセダンに二人を乗せて近鉄奈良駅に向かった。Tはそこで降りた。その時、僕は「Kさんは国鉄まで送るよ。」とTに聞こえるように言った。
Tが駅に消えると僕はすぐに言った。
「まだ早いからどこか行こうよ。」
「いいよ。」
「とにかく走るよ。」
「私、室生寺に行きたい。」
「室生寺か。ちょっと遠いけど、オーケー。」
車は奈良市から天理街道を走り名阪国道に入った。N子を乗せて走るのはこれが初めてのことであった。僕は若干緊張しながらハンドルをにぎった。でも、気分は浮かれていた。名阪からの降り処をひとつ間違えたが、なんとかたどりついた。しゃくなげの咲く季節は観光客で一杯になるこの寺も季節はずれで閑散としていた。
まず本堂に入って本尊を見ようと近づいたとき、彼女が言った。
「だめよ。ちゃんとお参りしなきゃ。仏像は美術品である前に信仰の対象なのよ。ちゃんと敬意を払って。」
そう言って彼女は手を合わせた。その彼女の姿になにか不思議な雰囲気を僕は感じていた。そのあと、僕たちは奥の院まで長い階段を競争するように上った。息をはずませながらN子は言った。
「なぜ自分が生きていくのかって考える?」
「え?」そら始まったぞと僕は思った。
「今生きてるでしょ、だから生きるのよ。」
「なんだって?」
「せっかく生きてるんだから生きるのよ。」
「そう言われりゃそうだな。」
「だから自分で命を絶つことはないわ。」
「おいおい、何を言ってるんだ。」
「死ぬにしても運命的に死にたいと思うの。」
「生きる、死ぬに美しさもきたなさも無いさ。運命的であろうと、なかろうと死ねばおしまいさ。」
「またバカにしてる。」
「どっちが。どういうつもりでそんな話をするんだ。」
「怒った?」
「いいや。」
僕は彼女を国鉄天理駅まで送り届けた。
僕たちはたまに会ってもこの通りの状況であった。N子は誘えばいつも来る。会うまではワクワクする。そして会うとN子のことばに振り回され、頭をかかえて帰る。でもまた電話したくなる。会いたくなる。その繰り返しで時間は過ぎていった。何も変わらなかった。何も変えようとしなかった。そう二人とも。

「恒常とは」

彼と彼自身の中に沸々と沸きたつところのある感情
それを彼自身捉えたとの盲信の下で
極めて具体的に対象たる相手に伝えんがために
彼は言を尽くした
しかしながら常に挫折の二字の厚い壁を舐めた
そのうち彼は
その感情の吐露を
ひとつの遊戯として楽しむまでになった
今や彼の眼前には対象は消滅し
彼の心の中に結晶してしまった
彼は心の中の結晶に話し
のめりこみ
飽くことなく対話し
ますます結晶は
硬化していく

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