インターネットはタイムマシン
「第12回NTTふれあいトーク大賞優秀作品集 」
(NTT広報部編ISBNコード:4-7571-5002-4 )に掲載


 8月の寝苦しいある夜、僕はいつものように、愛用パソコンに向かって電子メールを起動した。つまらないDMがいくつかあり、その中に「お久しぶりです」というタイトルのメールが混じっていた。差出人のアドレスには見覚えがなかった。僕は、いたずらかしらと思いながらダブルクリックした。
 そこには、やはり覚えのない女性名があり、こんな文章があった。
「Iさんのホームページを見ました。お元気だったんですね?ほんとにびっくりし、うれしかったです。20年前に家庭教師をしていただいたY子です。」
 僕は、頭の中のさびついたメモリを必死でサーチした。そして思い出した。「ああ、あの子だ。」
 20年前、僕は大学生で、高校生の数学の個人指導を家でやっていた。Y子はそのうちのひとりで、美術に興味のある個性的な女子高生だった。京都であった展覧会で買ったゴッホの自画像のポスタのおみやげをとても喜んでくれたこともあった。中でも鮮明に覚えているのは、僕が当時住んでいた家を出るときに最後に見かけたY子だった。
 そのころ、僕の親父は仲間と一緒に会社をやり、その仲間に裏切られ、建てたばかりの家や土地、わずかばかりの蓄えも全て奪われ、そして大きな借金まで背負わされた。僕ら家族は夜逃げ同然で家を出たのだ。そのまさに逃げていこうとする車中から、何も知らずにいつものようにバス停で降りて数学を習いに僕の家に向かう彼女の姿を見かけたのだった。逃げるのに必死でことばを交わす余裕もなく、車の中の僕に気づかずにすれ違うY子を見送るしかなかった。それが僕がふるさとから逃げる最後のシーンだったのだ。
 趣味のマンドリンとてがけている研究内容の紹介のために1年前に開設した僕のホームページが、20年の歳月を経て、偶然彼女の目にとまったという訳なのだ。なつかしさと、つらかったあの頃の思いと、今は亡き親父のことと、なぜかあの頃同じように絵が好きだった僕の片思いの女性のこと、いろんなことが一遍に僕の頭の中をかけめぐった。
 Y子にとってもある日突然何も言わずに消えてしまった家庭教師のことが少なからずひっかかっていたのだろう。同僚がたまたま開いていたウェブブラウザに僕の名前があるのを、通りがかったY子が見つけたそうだ。
 なんという偶然だろう。
 片方向メディアのホームページが偶然から双方向通信の引き金となったのだ。今は、大学生の僕しか知らないY子と高校生のY子しか知らない僕が電子メールで話している。
 インターネットはお互い、まるで現実の自分とインタネットの向こう側にいる20年前の相手をつなぎ、距離ばかりでなく、時間さえ飛び越えさせてくれているようだ。

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