2002年07月31日(水) 歩き

ぐちっぽいのは情けないね.
まあ,自戒のために消さないでおこう.

しかし暑い.今朝も起きたときから実に暑い.
部屋に熱気が充満していた.
朝はあいかわらず1つ前の柳沢から歩いているが,会社に着く頃はびっしょり.
1日1万歩の目標はほぼ毎日クリアできている.
それだけが目的で柳沢から歩くのでなく,ひとりできままなスピードで歩けるからだ.東伏見からは,ずっと人の列が会社まで続く感じで,しかも横を車が通るものだから,追い越せないし,歩きタバコの煙がけむかったりするし.
だから,車も煙も無い柳沢コースが好き.

でも,さすがに昼休みの歩きはできない.うまい具合に日陰を選んで歩けなくもないが,やっぱり暑すぎて倒れてしまいそう.

今日は,川越,あしたは歓迎会,あさっては奈良校マンクラ東京会,と毎日飲み歩きだな.仕事せえよ>自分 ちゃんとしてますがな>自分

帰ってきました.飲みました.楽しかったでしゅ.

しかし,なんでやねん,と言うことはあるもんですな.
むかつくだけにしときましょう.

ここを読んでいる方はなぜか何人かいらっしゃるようで,知らぬ間にカウンタが上がってます.ありがとうございます.へたなことは書けないね.



2002年07月29日(月) あしたに向かって

今日はとある事業会社に行って,自分たちの研究開発成果について話をし,非常に前向きに受け取ってもらった.
相対的じゃなく絶対的にいいものを提供していきたいと思う.
ぜひがんばろう.
もう些末なことに関わって消耗するのはやめよう.
すべて前向きに考えて行動しよう.過去を振り返って得るものは少ないぞ.
幸い優秀なスタッフがいるので最大限かれらが幸福になれるよう自分のできることをやろうと決意した.ちょっとかっこよすぎかな.
価値観ってさ,非常に客観的に量ればアホらしいものからすげえって言うものまで千差万別だな.
某マンドリンクラブのアホ役員達の価値観なんてからすの羽根より軽い,かげろうのおしっこ以下だね,きっと.まあいいや.
おれはおれ.
今日はけっこうよっぱらっているかもねん.




2002年07月28日(日) やすみ

最近は,東海大講義も,マンドリン生活からも卒業してしまって,土日がわりと自由になってしまった.
ゆっくりできるのであるが,何してるって考えると実に何もしていない.
今日もなんだか居眠り三昧だったな.

そうは言っても.
朝から母の姉,つまり伯母の墓参りに行った.
この伯母は母の1つ違いの姉で,母の母の死を看取った直後に突然死してしまった人で,ぼくの記憶も実に薄いものしかない.32かそこらで亡くなってる.

今まで墓が舞鶴にあったのだが,舞鶴を伯母の夫が出てしまったので,墓を移す必要が生じ,川越に家を構えていたその息子,つまりいとこが川越市内に墓を作ったのだ.

もう40年も前に亡くなって,ほとんど墓参りもできない状況だったのが,川越に移ってきたために行けることになったってわけ.

気の強いおばさんだったな.そう言えば,生まれて初めて水洗トイレなるものを見たのも大阪の伯母の家だった.

大阪や奈良を根拠にしていた人間が,たまたま川越や入間などに居を構えているなんて不思議だな.なんか縁があるんだね,ここらへんに.

FMのアンテナ出力がCATVのコンバータにあることを発見し,変換プラグを買いにヤマダ電気まで行ってきた.快調快調.たくさん局が入る.NHK,東京,NACK5,FM入間,BAY, Inter, J-WAVE, ヨコハマ,群馬,放送大学,FUJIと11局も入る.

しかしクラシック専門局があればいいのにな.これだけあるのに,つまんないのばっかり.ジャズ専門でもいいけど,とにかく,しゃべりなしに音楽だけのがいいな.

休みが休みで何が悪い!と思いつつなんだかバカになってく気がするな.

でもマンドリンは当面イヤだ.ほんとに好きなものなのにな,まったくひどい話だ.そこにさえ行かなければそれで済むことだけど,受けたショックがあまりに大きく,やつらの顔がマンドリンにさわると連動して浮かび吐きそうになるほどだ.一生絶対許さない.

ひさしぶりにサイモンとガーファンクル全集聴いてる.初めて聴いたのが遅くて大学に入ったころだった.フォーク全盛で,とは言ってもプロテスト・メッセージフォークは下火になりかけのころだった.フィンガーピックをやろうと思ったのは,Paul SimonのAnjiを久保田君に聴かされて,中川イサトの教則レコード買って自転車ラグの譜面を見たころ.すべてはこのグループに由来する.




2002年07月27日(土) 模様替え

この日記もマンドリンからたどるリンクをなくしたし,タイトルもいつの間にか変えてるし,目立たなくなってきっと誰も来ないだろうな.ま,いいか.

このクソ暑い中,模様替えした.
とは言っても,居室と寝室をいずれも夫婦共用にしていたのを,居室をぼくの寝室を妻の専用部屋にしたというわけだ.
で,居室と言ってもほとんどぼくのものばかりであったが.彼女のパソコン類や座卓などを片づけて,部屋の隅を占領していた,アコギ×3,バンジョー,エレベ,マンドラ,マンドリンをクローゼットや,2階の納戸に移してスペースを作り,そこにぼくの布団を敷けるようにした.
布団は隅に丸めてあるので,普段は部屋が広々として実に気持ちがいい.
大学講義が終わったて,家であまり勉強や仕事をしなくなったし,楽譜のチェックや勉強をすることもほとんどなくなってしまったし,で天井の蛍光灯照明をつけずに,電球40wの照明を壁に当てるだけで過ごしている.気持ちが実によい.
ちょっといい音楽を聴け最高.
でもまあ,普段は部屋にいることはあんまりないから土日だけだけど.
それに部屋を分けたはずなのに,いつも妻が横にいるので,一人の気楽さをなかなか味わえないけどね...
でもきれいにするとゴミや雑誌などをすぐい片づけるくせがついてきれいなのをキープできるのがいい.




2002年07月23日(火) なぎ

見かけ上、すべて凪です。
仕事も趣味も人生の曲がり角と言う感じ。
でもまあ、悪いことじゃないと思います。
ひょっとしたら大化けするやもしれへんもん。
人の世の無常です。無情じゃないよ。

生存証明を何に求めるのか。
我思うゆえに我あり、でよいではないか。
なのに、悲しい人たち。
常に、存在を誇示し続けることによってしか生きられない。
ほんとうにだいじな音楽を、実は感じることができないのではないか。

どうやってもおいしいメロディ、楽しい感じ、悲しい感じは
勝手におしよせてきてそれに身をゆだねるここちよさ。

そういうところだけ考えていればよいのに。
自分が音楽のことがわからない、理解できないってことを身をもってお示しになったわけだ。

ぼくは疲れたし、もはや彼らが何をしようと言おうと何も感じない。
まさに卒業だ。
さようなら。